September 15, 2015

マツケンサンバ4~情熱のサルサ~ / 松平健

いつの間にか4まで進化を遂げていたのですね。びっくり仰天です。その上 なんとSalsaまでも自家薬籠中の物としているのには感服です。

お嫁サンバ」と双璧をなす Rio Carnivalもかくありなんと思わせる素敵なサンバですね。
ただ 私が初めて"Rio Carnival"に接した「黒いオルフェ」は少々物哀しい映画で いささか苦手でした。
中華料理のナマコの姿煮を想起させる 筆舌に尽くしがたい最凶の組み合わせも...

私の場合 何故かMiles DavisのBitches Brew以降並に Arcade Fireとは相性が良くないのです。

かといって爛熟の極みともいうべき 1989年のRio Carnivalの様子にも とてもついていけませんでした。

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写真世界 1989年5月号 (白夜書房刊)
(P20)
1989 カーニバル In リオ(4th.~7th. February)マンゲィラの夜 石川武志

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 リオといえばカーニバル。カーニバルといえばマンゲィラ。メイン会場だけでは満足できないカリオカたちは、バイレにやってきてサンバのリズムに合わせ踊り狂う。それはサテリコンかカリギュラか。
 カーニバルと聞くとリオ、リオと聞くとカーニバルと何よりカーニバルなくしてリオを語れない。一年間を4日間に賭けていきるカリオカ(リオっ子)たちに、カーニバルとビーチ、生きていることのアイデンティティなのだ。
 カーニバルが近づくと、コパカバーナやイパネマのホテルにいても、夜遅くまでエスコーラ(サンバチーム)の練習のサンバがファベーラ(貧民街)から聞こえてくる。それでもサンバ会場をパレードできるのは、18チームだけで、それぞれに熱狂的なファンがついている。一番有名なのが「マンゲィラ」というエスコーラで、これはフットボール(サッカー)でいえば、「フラメンゴ」みたいなものだ。
 リオでカーニバルのことを話してくれたセニョリータは、「絶対にマンゲィラよ!見落とさないでよ!」とおっしゃりながらサンバのリズムをとる。声は上ずり目は濡れている。
 そのマンゲィラの夜、サブカイ(大パレード会場)とバイレへ行くことにする。バイレとはサブカイだけで満足できないカリオカたちのいわゆる裏カーニバルのサンバクラブだ。
 バイレ《スカラ》はイパネマの中心街にある。コルセット風下着にガータ、ハイレグの水着、バタフライ一つのセニョリータたちが扇の前で、これから入ろうとする客と帰りの客で大混乱している。そしてその扇の中は、一瞬目を疑うほどの混雑ぶりだ。サウナのような熱さの中、心臓を直撃するようなサンバのリズム。全裸にボディペインティングの絵の具が汗で流れ落ちている金髪のセニョリータ、口髭をたくわえた女装者たち。バタフライ一つでテーブルの上に登り、ひきしまった腰をふる混血娘。汗とシェラスコの肉汁とピンガの匂い、あるいはマリファナやコカイーナの香り、あー、もう信じられないのだ。フェリーニの「サテリコン」か、それともグッチョーネの「カリギュラ」の世界なのだ。ここではサブカイで主役になれなかったカリオカたちが、あるいは4日間を廃人に成るまで踊り狂う連中がサンバのリズムにのって思いを遂げるのだ。
 リオデジャネイロに夜明けが近づくにつれサンバのリズムはますます激しくなり、サブカイやバイレは火薬庫のように燃え上がり、カリオカ(リオっ子)たちの股間は爆発する。 「あーマンゲィラ!!!」

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やはり私にはドドンパ同様 和製サンバが身の丈にあっているようです。

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June 28, 2015

写真時代 1987年7月号 荒木経惟 景色53 エロ・トポ 〈出演〉北条小夜子・リンダ・蛭子能収・平口広美

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「そして SMの世界へ行くのでした。」蛭子能収

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 平口さんと池袋で待ち合わせて、それから二人で六本木のアマンドへ行きました。
「何やんのかエビッさん知ってる?」
 と平口さんが聞いてきたが、僕も何も知らないので
「いや全然」
 と答えます。
 アマンドに着くとSMの女の人が二人、道具を持ってテーブルに座っていました。「不吉な予感がするなー」と僕は呟きましたが、平口さんは何でもやる覚悟が、できているようでした。小道具にウサギやニワトリまで用意してあります。
 スタジオに着くと荒木さんが来て、
「今日はエロ・トポをやるんだ」
 と言いました。エル・トポは面白い映画だと聞いていましたが荒木さんは早速、そのパロディを作るつもりらしいのです。
 それでいつの間にか平口さんと僕は、ふんどしをしめて相撲をしている。「そんなバカな」と思った時は、もう遅く、全ては荒木さんの言うがままになっていくのでした。

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本家のEl Topoとは大分趣を異としているようですが...

当時 熊本県知事だった細川さんのお名前「護熙(もりひろ)」も読めませんでしたが 荒木さんの「経惟(のぶよし)」も蛭子さんの「能収(よしかず)」も読めませんでした。
そもそも蛭子さんの苗字も「ヒル」としか読めませんでした。
ガロ系の文化人でいらっしゃる南伸坊さんや渡辺和博さんと異なり 蛭子さんは 写真時代誌上でもひたすら漫画を描き続け たまにモデルとしてアラーキーの作品に登場する潔さを 好ましく感じておりました。
ただ 何となく蛭子さんは「TVに出てはいけない方」だと思っておりましたので 昨今のご活躍に驚いております。

1995年の「蛭子能収のコワイもの見たさ(世界文化社刊)」には まだ写真時代当時の名残がありましたね。

噂の真相の一行情報にも一度だけ登場したと記憶。

97/7 「女には興味ない」と公言する蛭子能収が大槻教授の美人秘書をナンパ説

期待通りのちょっと情けない噂話ですね。

だらだらと雑誌を眺めていたところ しりあがり寿さんの手になる広告を発見。
このお店は今も営業中のようです。
素晴らしい。

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April 16, 2015

「広辞苑に延髄斬り」 古舘伊知郎 週刊文春 1984年3月1日号 「野末陳平のカネ対談」より

まことに威勢の良い啖呵です。
古舘さんが一番勢いのあった時期。
あの「写真時代」でさえ 特集を組んだほどです。

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季刊 写真時代21 1984年8月号
(P28)
古舘伊知郎のワンダーランド

古舘伊知郎の実況中継 歴史上の人間などの入場行進

ナイチンゲールであります。
 戦い敗れて傷痍軍人あり、名勝負数え唄、戦いの非情さの中で傷ついた男たちに一条の光を与えてくれた赤毛の肝っ玉かあさんナイチンゲール、彼女の男へのいたわり、慈悲の心はヘルシーマッサージ、トルコ風呂へ進化し、看護婦姿のセクシーさから幾千万の男たちを昇天させて来たのであります。伝統は国境を越え、性風俗の中で確かに息づいております。

おっと 荒々しい靴音とともに ハイル・ヒットラーであります。
 45に掲げられた腕章、小学校右腕時代の週番を思い出させる腕章――ハーケン・クロイツのマーク、カギ十字であります。卍固め50人衆の集団乱入であります。
 なにやら、タイガージェット・シンのようにほえております。私、ドイツ語は第2外国語でありましたが、はっきり言ってわかりません。ただ理解できるのは、アイン・ツアイ・ドライとミュンヘン・札幌・ミルウォーキーという言葉を叫んでいるようであります。

 おおおっとダライ・ラマであります。 地上最後の現人神、亡命のテロリスト、毎日が外遊の守護神の登場であります。僧侶の最高峰として、貧しき人々に奇蹟を与えて来た自信がそこはかとなく漂っております。ぽっと出の新興宗教とは違うぞといった年期の入ったスキのない旅姿のけさ固めであります。


落語の演目や浪曲の演題と比較してはちょっとお気の毒かもしれませんが こうして文章で読むと面白味は半減してしまいます。
内容の経年劣化も否めません。

とは言うものの この時期 古舘さんのプロレス実況中継は衝撃的でした。
この特集でも渡部直己さんやねじめ正一さんたちが古舘伊知郎論を披露していらっしゃいます。

言葉の祝祭 ―― 古舘伊知郎難解論 渡辺直己(P32)
 古舘伊知郎とはつまり、義務としての「実況中継」をいわば権利としてのそれに転位した最初の存在であると換言してもよい。むろん彼の存在が、「テレビのプロレス」を特権化してしまったことじたいを難ずることは可能だ。古舘の言説をむしろ邪魔と感じるプロレス愛好家も存在するはずだし、そうした人々はたぶんリングサイド見るプロレスこそ本物だというのかもしれない。しかし、祝祭の空間とは元来、<本物 / 偽物>といった律儀な二分法そのものの無化としてあるものではないか、ひとたびそれが選ばれたのなら、この場所は二重、三重に、ほとんど際限のない高貴な猥雑さを混えて愛し尽くされねばならぬものだとすれば、義務を権利へと転移しつつ貪られる古舘の言説の、比類ない倒錯性こそプロレスにふさわしいものといえるはずだし、逆にみれば、古舘のような存在を許容しまた要求するものの全体を「プロレス」とよびうるかもしれない。

長い文章ですね。私には難しくてよくわかりません。

言葉の場外乱闘から言葉の街頭乱闘へ ねじめ正一(P34)
...彼は、プロレスではロープがひとつのルールの象徴であり、このロープからはずれて場外乱闘へ行くように「言葉からはみ出していきたい」と言っている。しかし、プロレスとはもともと、場外乱闘を自明のこととして成立している見せ物なのではないか。彼はロープをひとつのルールの象徴だと言うが、私に言わせれば、ルールをはずれるということがひとつのルールとして存在するのがプロレスなのである。このことは、プロレスがほんらい持っているいかがわしさを明確に示している。
(中略)
だから古舘が場外乱闘を比喩として「言葉からはみ出していきたい」と言うとき、彼がはみだしていこうとする場は、いかがわしさのルールの外側ではあり得ないのである。

古賀茂明さんとのやりとりは まさにいかがわしさのルールの外側だったのですね。

異次元語部フルタチの無責任な天才性 田中知二(P36)
 ビートたけしはやはり"異次元語部"である。
 そして、古舘伊知郎は明らかにビートたけしを意識している。たけしの破壊と生成の及ばぬ範囲を探している節がある。

田中さんは集英社の週刊プレイボーイの編集長だった方。2014年の「トーキングブルース」のスタッフの欄にブレーンとして名前が載っていました。
引用が 渡部さんやねじめさんと比べて短くなってしまいました。
日本のロック評論家にもありがちなのですが いわゆるArtistの取り巻きのような方のお話はどうしても敬遠してしまいます。
決して知名度で差別しているわけではありません。悪しからず。

そして30年後。
報道ステーションの古賀茂明さんとの騒動を楽しく拝見。
その後の謝罪も 古舘伊知郎さんにしろ早河洋会長にしろ テレビ朝日は菅官房長官に謝罪しているようにしか見えないのが面白かったです。
久しぶりに番組を拝見しましたが 安住さんや羽鳥さん全盛の昨今 語り口調の古臭さに若干憐憫の情を抱いてしまいました。

文藝春秋 2015年5月号 古舘伊知郎「報道ステーション」の最後 上杉隆(P188)。

松岡修造 250万円(出演料)
工藤公康 100万円(出演料)
恵村順一郎 55万5556円(出演料)
長野智子 229千円(専属契約料)
長野智子 275万円(出演料・制作協力費他)
古舘伊知郎 430万円(専属契約料)
古舘伊知郎 1億4758万円(出演料・制作協力費他)

いずれもひと月あたりの金額とのこと。

肝心の古賀茂明さんの出演料はおいくらだったのでしょう。
出演料・制作協力費を 仮に4月の出演日数で一日当りに換算すると 長野さんは687.5千円(4日)。古舘さんは6,708.2千円(22日)となります。
また 古舘さん そこはかとなく晩年の金正日さんに似ていらっしゃったと思いました。飲尿療法はまだなさっていらっしゃるのでしょうか?

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October 27, 2014

赤瀬川原平さんと尾辻克彦さんがお亡くなり 77歳とのこと

まだまだ老人力を発揮していただきたいお年頃。残念です。
「千円札裁判」では 大人がとても困っている様子が 子供心に「エミールと少年探偵団」や「わんぱく戦争」を連想し とても愉快に感じていました。
そして朝日ジャーナルの「アカイ アカイ アサヒハアカイ」では 朝日新聞側の狼狽ぶりが痛快でした。

ウイークエンドスーパー 1981年8月号(セルフ出版)
(P41)
自宅で出来るルポ31
昼下がりの総理官邸 赤瀬川原平

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 謹啓 新緑の候、ますますのご健勝のことと拝察いたします さてこのたび広く芸術文化の分野でご活躍の皆さま方と親しくお目にかかり ご懇談の機会を得たいと存じます 諸事ご繁忙の折 恐縮ではございますが ご夫妻おそろいで ご出席賜りますようご案内申し上げます 敬具
 昭和五十六年 五月
内閣総理大臣 鈴木善幸
 文面はそういうものだった。総理は恐縮しているようである。...

...しかし官邸でニコニコ笑っているところを写真に撮られたりしたら恥ずかしいなあ、と思った。いろいろな声が予想できる。
 左翼―総理官邸にノコノコ出かけて、あいつも帝国主義の手先になった。
 右翼―総理大臣が贋札犯人を招待するのは国の恥だ。しかもGパン穿いて。
 中翼―まあ、総理大臣とお話しできるなんて、素晴らしいわ、キャッ、キャッ。
 私―そうだ。今月はこれを『ウイークエンド・スーパー』の『自宅で出来るルポ』に書こう。


なお「昭和五十五年度芸術文化に活躍された人びととの懇親のつどい」に招待されたのは 尾辻克彦先生です。

...門をはいるとき、
「ちょっと、その人!」
といわれると思ったけどいわれなかった。私がたぶん新品の白いGパンを穿いていたからだと思う。しかもきのう買ったばかりなのでGパンに折目がついたままなのだ。これからは折目のついているGパンがナウいのかもしれない。


本当にGパンでいらっしゃったようです。さすがはハイレッド・センター。

招待者名簿をご覧になって
...だけどたとえば、イラストレーターというのが一人もいないのに驚いた。総理大臣の見るところ、昭和五十五年度はイラストレーターというのはぜんぜん活躍しなかったらしい。「デザイン」の項目は亀倉雄策ほか一人。「漫画・劇画」は十人くらい並んでいるけど、それもみんな亀倉雄策みたいな人だ。いやそのほかも演劇関係、文芸術関係、評論関係、並んでいるのはだいたいみんな亀倉雄策みたいな人だ。

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なんとなく荷風散人の文化勲章受賞に際しての断腸亭日乗を連想させるものがあります。
「亀倉雄策」の三連発。私はこれで亀倉雄策さんとおっしゃる偉大なデザイナーを知りました。

HEAD LOCK(月刊ヘッドロック)1982年3月号(セルフ出版)
(P41)
自宅で出来るルポ38
露骨な宴会 赤瀬川原平

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 この間、大勢の人の見ている前で宴会をした。なんて、まるでこれ、大勢の前でSEXをしたみたいで、いやらしいね。
(中略)
 俺たちは、六人だった。人生がデーヤモンドの篠原勝之、プロレスの味方の村松友視、不思議大好きの糸井重里、月島のオニギリ屋南伸坊。そして神戸の小林薫。俺は何だろう。やっぱり文豪かな。自宅の文豪尾辻克彦。こういうものたちが、それぞれ刃物を持ってマグロのまわりに座っている。
(中略)
 いやじつをいうと、ここだけの話、これはテレビの撮影なのだった。6チャンネル毎週日曜の十時からやる「すばらしき仲間たち」というの。放映は一月十日。というとこの雑誌はもう そのあと出ているわけで、何だ、ここだけの話でもなかったな。

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ここにも糸井さんです。
この番組は印象に残っています。
川崎の辺境にあるコンビナートの、さらに辺境にある埋め立て式の荒野原。」での宴会風景が実に奇妙でした。
「自宅で出来るルポ」は「純文学の素」として白夜書房及び筑摩書房(文庫)より出版。
本年(2014年)は 年初の大瀧詠一氏(お亡くなりになったのは2013年12月30日)にはじまり ここに来て赤瀬川原平さんの訃報に接し しみじみと深まりつつ晩秋を噛みしめる今日この頃です。
謹んで哀悼の意を評します。

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September 02, 2014

橋本治の万能人生相談局 6 写真時代 1984年12月号(P128)

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毎度お馴染の人生相談でございます。全国から様々なご相談、お礼のお便りが編集部に舞い込んでおります。さあ、そこの青少年!今からでも遅くはない。

Q 皆を幸福にしたい A そんなこと不可能です

Q 趣味を楽しみたい A 傲慢さをどうにかしなさい

Q 占いにクールになりたい A 受容性と可能性に富んでいるのです

Q 安定したいのですが... A 一遍ワーワー泣きなさい

Q 母親に我慢できません A 「気持ち悪い」と言ってあげなさい

Q 強姦されたのですが A 個人的に話をしなさい

Q 誰からも好かれたい A 無理です

Q 強くなりたいのです A "逆境"を体験なさい

Q 転職すべきでしょうか A あなたの姿勢が問題です。

Q 太めになった彼女と別れたい A 別れなさいよ

Q 娘に嫌われてしまいました
 当方54歳。定年退職目前の善良中年男子です。毎月写真時代を買って、年甲斐もなく人生相談しちゃうとこなんざ、「オヨヨ島」のヒゲゴジラパパのようでしょ、ワッハッハ。ドーモ仕事柄、必要以上に明るくなっちゃいましてね。小林信彦さんの作中の人物にはそりゃあ及びませんが。
 さて問題なんですが、この頃女房と我が愛娘との会話が気になって気になってどうしようもない。ほとんど病気のように気になるわけで、落ち着かんのですよ。この一年間は盗聴などを手段として導入し、頑張っておったんです。まあそれはいいんですが、先日女房に発見されちまいまして、これが......。いや、女房に嫌われようが構わんのです。しかし、ああ父親!!娘(17歳)にだけは慕われていたい!ところが感受性の強い年頃のせいもあってか、食事も「お父さんと一緒なんてもうヤ!」といった有り様。橋本さん、どうしたもんでしょうか......。(東京都 職種秘密)

A 嫌われて当然です
 本当に御自分のこと"明るい"って思ってらっしゃるんですか?気持ち悪いだけですよ。それを嫌わないお嬢さんはただの異常ですよ。それだけ世の中から浮き上がってるんだったらそりゃもうホントに不安で不安でしょうがなくなって盗聴器ぐらいとりつけたくなるでしょうねェとは思いますけども。やっぱり どうかなさってませんか?もう少し現実を冷静にごらんにったら如何ですか?もちろん御自分の現実ということですが。盗聴器のいる分、あなたは現実から疎外されているだけで、それで"明るく"なんかなりようはないと思うんですけど。
 ところで一体何を御相談なんでしょうか?

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「青空人生相談所(筑摩書房)」や「親子の世紀末人生相談(フィクション・インク)」は読んだことがありませんが この連載と関係がありそうですね。
いずれにせよ 橋本治さんは無着成恭さんと並ぶ相談の達人です。
朝日新聞の「悩みのるつぼ」の回答者車谷長吉先生や上野千鶴子先生の先駆者というところでしょう。

橋本治さんの1968年東大駒場祭ポスター「とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが 泣いている 男東大どこへ行く」も懐かしいこの人達のこの曲サイケ時代(は行からら行)までの映像へのリンクを更新しておきました。

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私は橋本治先生といえば桃尻娘のほうが...

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August 16, 2014

写真時代 1984年5月号 人形の嫁入り(オリエント工業)

(P130)

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ビ・ュ・ー・テ・ィ・フル ジ・ャ・パ・ン 最終回
  人形の嫁入り 撮影 広瀬一美
ダッチワイフに恐ろしいまでの執念を持つ人がいる。人間により近づけようと、ついにコンピューターを使ったダッチワイフの製作に乗り出した。その人、S氏の人生とは!?

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 S氏と出会うきっかけになったのは本誌3月号増刊『最新風俗特集』だった。その中に、「最高級ダッチワイフは15万円!」という記事が載っているのであるが、これを読んだS氏から電話がかかってきた。

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「私は上野のオリエント工業のSと申します。あの記事の写真は、確かに私の作品の"面影"です。ただし、記事の内容はまったく違っています。あの娘たちは、どんな人にも嫁がせているわけではありません。私どもで選ばせていただいた、どうしてもあの娘たちが必要と思われる方にだけお譲りしています。ですから、あの記事には非常に困っています」
 という内容の電話で、さっそくS氏に謝りに行ったのでした。で、報道は正しくしないといけないと深く反省し、再度、S氏及びオリエント工業がやろうとしていることを深く、正しく取材することになったのだった。
 S氏から話を聞いているうちに、ダッチワイフに対する恐ろしいまでの執念に、感動してしまった。以下は、S氏がなぜこの道に入ったかから始まる、S氏のインタビューである。

(障害者向けダッチワイフ製作に心血を注ぐきっかけとなった感動の物語は省略。一番肝心なところを端折る不届きな読者です...)
 私が最初に作ったものは、それはおかしなものでした。手も足もずれていて、芸術的だとも言われました。空気や水を入れないものを作ったのは38年から39年にかけてです。これは大変喜ばれましてね。このヒットは私にとって幸運でした。初めて私の存在を認めてくれたということでしょう。これは200体作りました。少いですけれど、そんなに量産出来るものではありません。
 それから私は、ニースに帰りました。その後、いまのオリエント工業の社長である土屋が私をたずねてきたんです。彼はよく言えば個性の強い男でしてね。アクが強すぎてサラリーマンには向きません。当時ポルノショップをやっていたらしいんです。ただ、そこに来てダッチワイフを買っていく障害者のお客さんとは、本当に熱心に接客していたようです。そうでなけりゃ私も乗りません。そのお客さんの中に、月に三回もダッチワイフを買っていく方がいて、当時のものは風船のようなものですぐこわれるんです。土屋に4、5日かかって口説かれましてね。私も再び日本に帰る決心をしたんです。
 日本には刑法一七五条があるわけですが、これがあきれるほど厳しいものなんです。ですから、これからかろうじて逃げられ、いままでのものに比べれば精度がよくて長持ちがする、完璧ではないけど、それだけの水準のあるものを作ろうということで出来たのが、"微笑"です。10ヵ月ほどかかりました。私としては不本意な作品ですが、確かに喜ばれました。4000体作って、いまはほとんど在庫はありません。ただ、これはまったく私の意志とは違って、4000体のうち障害者の手に渡ったのは、一割位しかありません。詳しいことは申しませんが、半数以上が企業に買われたのも事実です。残念なことです。
 そして、次に作ったのがこの"面影"です。1000体作りました。これなら障害者の方方の伴侶、伴侶のかわりじゃないんです。伴侶なんです。これが終点じゃありませんが、これなら伴侶としても恥ずかしくないというものに仕上がったつもりです。私はこの娘を求めている方の手にお渡しする日は吉日を選んでいます。本当に自分の娘を嫁がせる気持ちでいるんです。


このインタビューでは実名で語っていらっしゃるのですが GQの高橋源一郎さんとオリエント工業の土屋日出夫社長の対談「 Living Doll 愛のごとく──「人間以上」のものを愛することについて」では「S氏」となっていますので 実名を控えS氏とさせていただきました。

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S氏の良き理解者、オリエント工業の土屋日出夫社長。大の写真嫌いというS氏は写させてもらえなかった。

半数以上が企業に買われたのも事実です。」というのは ダム建設の現場とか遠洋漁業の会社なのでしょうか?気になります。
また「これなら障害者の方方の伴侶、伴侶のかわりじゃないんです。伴侶なんです。」と繰り返される思いの発露にたじたじです。
どこかのポータルサイトのニュース欄の「リアル過ぎる日本のラブドールに、英紙衝撃 “もうガールフレンドはいらないかも…”」という記事から 一気にこのインタビュー記事が蘇ってしまいました。
私は見ていませんが「プロジェクトX」や「ガイアの夜明け」や「カンブリア宮殿」では当然紹介されているのでしょうね。
「BABYMETAL」とともに 正にCool Japanですね。

ということで 脈略なくCool Argentina?な「Himno Al Sol / Cristina Y Hugo」をヴィニール・コレクションに追加しました。

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Himno Al Sol / Cristina Y Hugo / 1976年
もともと フォルクローレなる民族音楽は Simon & Garfunkel経由でLos Incasを知った他 Atahualpa YupanquiやMercedes SosaにUna Ramosなどを聞きかじる程度の きわめて平均的な日本人聴衆です。 そしてこのご夫婦の場合は NHK『世界の音楽』か何かで眼にし フォルクローレ云々よりもCristinaの歌唱に興味をもったというのが本音。

解説より(高場将美)

 クリスティーナのソプラノの素晴らしい声は、ますます磨かれ、成熟をものがたっています。実際の彼女はたいへん知的な女性ですが、その歌は冷たい才女ぶりをみせず、あたたかい女らしさにあふれています。こまやかな感情表現をするのはむずかしいソプラノの声をもちながら、これほどじっくりと訴えてくるのは、クリスティーナの感受性のゆたかさ以外の何ものでもないでしょう。
 他からうらやましがられるほどクリスティーナに愛されているご主人のウーゴは、いつもクリスティーナを陰から支えて、息のあったところを見せています。このバランスのとれ方は実にうまくいっており、やはり夫婦でないと、こうはいきません。
 クリスティーナとウーゴの若い意欲にみちた、広いレパートリーをどうぞ心ゆくまで味わってください。


Graciela Susanaさんのお姉さんとのことなので Graciela Susanaさんも もともとはタンゴの人というよりフォルクローレの人だったのかも。

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April 08, 2014

写真時代ジュニア 創刊号 (1982年8月号 白夜書房刊)

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表紙及び巻頭グラビア9頁が伊藤つかささん。

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「趣味とか芸能界に入ったきっかけ」といったインタビューに応じない中森明菜さんは 見開き2頁。
そして 82年デビューの早見優さん 三田寛子さん 小泉今日子さん 堀ちえみさんは 1頁の中にすし詰め状態。

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中森さんと同格の見開き2頁の北原佐和子さんと川田あつ子さんはもちろん 小泉今日子さんたちと一緒に掲載されている中野美紀さん(1分51秒)や水野きみこさんや川島恵さんや白石まるみさんや伊藤さやかさんの その後の動向がどうしても気になってしまいます。

ということで 雑誌ではそれなりに認知しているにもかかわらず 楽曲面では私は存在すら認めていない あの80年代を回顧しつつこの人達のこの曲GS等日本ものの映像へのリンクを更新しておきました。

HATE / カリスマドットコム
Album Titleは「アイ アイ シンドローム(愛・I・症候群)」つまり「変に自分大好き人間」とのこと。この曲は自分の考えを持たずに流され続ける女の子について語っているそうな。辛口。

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パラレルスペック / ゲスの極み乙女。
初期のXTCやGang Of Fourを連想しましたが 切迫感はなく 伸びやかな疾走感が好いです。いよいよ メジャーデビューとのこと。今後Dubstep的展開も期待。

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February 02, 2014

写真時代 1984年11月号(白夜書房)

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今から30年前の雑誌。
「史上最大のスワッピングパーティー」とか「ロリータ探してマニラ・セブの旅」とか「東京新性風俗新聞」などという信じられない見出しが躍ります。
Amazonのない当時 一体どこで買い求めたのでしょう?
全くもって 購読者の品格を疑われてもしかたのない雑誌です。

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更に こんな恐ろしげな写真も。

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「満州ニ於ケル馬賊ノ斬首」との文字が。シベリア出兵(1918年)の際に買い求めた絵葉書と記されています。
「SUGOIデスネー(写真時代ジュニア増刊 白夜書房)」という写真集からの抜粋とのこと。
 司馬遼太郎さんが「坂の上の雲」で美化して描いた日清・日露戦争の明治時代でしょうか? それとも大正時代?
 実際は馬賊と日本軍の利害関係はどうだったのでしょう?
などなど 色々謎の多い写真です。
どうやら中国や北朝鮮と同様の公開処刑のようです。
安倍総理が取り戻そうとおっしゃっていた「美しい国」とは関係ないことを祈っています。

「今から30年前の1984年頃に聞いていた楽曲群」
Don't Go Back To Rockville / R.E.M.
Call The Police / Ini Kamoze
Making History / Linton Kwesi Johnson
Big Ship / Freddie  McGregor
This Charming Man / Smiths

ということでこの人達のこの曲ピストルズ前後 の映像へのリンクを更新しておきました。

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January 05, 2014

鈴木いづみの無差別インタビュー 大瀧詠一(ヘヴィScandal 1981年9月号)

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大天才、これしかない(P18)
(前略)
――わたし、演歌って、わからない。(鈴木)
「好きだよー。だって、うまいじゃない!」(大瀧)
――そのうまさがいやなの。「ふたりのシーズン」とか、あーゆーヴォーカルすきですから。
「なんだっけ?」
――ゾンビーズ。
「あー、そーか、そーか、急にそんなこといわないでよ」
――ちょっときくと、ヘタじゃない?
「いや、うまいじゃない。あいつ味があるよ、コリンは。ニール・マッカーサーって別名で『シーズ・ノット・ゼア』をカバーしたんだぜ、あとで」
――力入れてないとこがいいの。
「いっぱいに歌って、ふっとひくとこがね、演歌のいいとこ」
――そこが色っぽいとか。
「いいこというねえ。八割いって、十割いかないの。おそばじゃないから。ふっとおちる。ロックの絶叫って、八いくと十、十いくと十二いったりするじゃない?」
――音楽できらいなのは?
「おれ、あんまりないな。その時間帯にききたくないものってあるけど。きらいじゃなくても。だから、FMなんか、いっさい、きかないわけよ。だからこそ、レコードあれだけあるわけ。時間帯さえよければ、なんでもいいね」
――いっしょうけんめいって、きらいなの。横浜銀蠅とか。本人の意識としてそーじゃない?あのひとたち。あのズボンもやだね。だけど、アリスはすごくすきなの!
「やっぱり」
――あんだけわらえるバンドって、ほかにないね。
「コミック・バンドだね。ベースもいないしね。ベースがいないバンドって、あんまりかんがえられないからね」
――「エスピオナージ」すごいよねー。「狂った果実」もよかったけど。去年、わたし、九〇分テープの片面に「狂った果実」と「哀愁でいと」
を、交互にずーっとならべたの。何回もくりかえして。それきいてたら、頭へんになりそーになった。
「でも、あれで狂えるひとって、かなりの感受性もったひとだとおもうよ」
――あんなに力いっぱい歌って......。
「便秘症なんだよ」
――なんか、覚醒剤やってるような感じ。
「ありえるね」
――もう、拍手するしかないね。
「いま、ドリフターズより、おもしろいよ。残念だな―、解散するなんて。『アリスだよ、全員集合』やればいいのに」
――子供のときから、音楽家になろうとおもってたの?
「なにかにはなる、とおもってたね。ふつうのひとじゃなく、そーゆー意識はたしかにあった。なるんだとおもってたから、別になっちゃったから、どーってことない。だれでもやれるわけじゃないから、選ばれた人間だとおもってる。いまは、それを声を大にしていえるけど、ちょっとまえは卑屈になっていったりして」
――ふりだけじゃない?
「そーなの。明るかったのよ、じつは。松本隆の暗さでね、明るさが陰にされてたのよ。さくらと一郎の雰囲気に」
――でも、明るいひとって、暗いひとに負けるでしょ、ほとんど。
「いえてる。どーして、日本って、明るさが暗さに負けるんだろう。アリスなんかに負けちゃう(飲まないんですか、ときかれて)全然だめ。ぐあいわるくなっちゃう。だから、アルコールなしで、のっちゃうのよ。現実とウソの区別つかない。インタヴューでもおなじこと何回もきかれても、どーやって、ちがうふうに答えようかと......なんにでも楽しみ見つけちゃう。獅子座だから」
(中略)
――ポップスって、ことばをいれなきゃ、だめなの?
「なんか、そーみたいね。まじめなひとが多いから。ことばに全然意味性がないとおもってもね、百パーセントいいきれるだけの強さはまだないのね。今度のLPとかさ、売れているやつは、自分の詩じゃないの。松本隆のようには、できない」

(以下略)

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「鈴木いづみセカンド・コレクション (4) エッセイ集(2) ギンギン(文遊社)」に再録とのこと。
インタビューなのですが 鈴木いづみさんの自由な発言を大瀧さんが受ける形に。

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それにしても 淀川長治さんや永井荷風さんのように独自の世界観を持ちつつ Pops界の赤瀬川原平さんとして 老人力を発揮し飄々と我が道を行き長生きなさるのではと思い込んでいたのですが...
謹んで哀悼の意を表します。

私は大瀧さんや鈴木さんのように鷹揚ではないので いまだにアリスは許容範囲を超えています。

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July 27, 2013

恋のシュラシュシュ / 井上望

ウイークエンドスーパー 1981年7月号(セルフ出版) 歌謡曲レヴュー/文・橋本真人(P26)より。

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●「恋のシュラシュシュ」/ 井上望
(詞)(曲)ジョー・レモン・日本語(詞)森雪之丞・(編)松井忠重
 渚のラジカセ シュラシュシュ歌えば
 ハイハイハイ カモン・イン・ダンス みんなで輪になり...
 井上望は顔でも損をしている!
 しかしこりゃーいったい、何なのかなあ。
 こういう見るからにゲテモノっぽいジャケットで、とりわけタイトル文字を蛍光ピンクなどでセマられたりすると、思わず買ってしまう。井上望というと、一部で、一定の評価もあったらしいね。
 「シュラシュシュ」に必然性が無さすぎる。
 よく詞を見てみると、要するに「ロコモーション」にひっかけてるつもりらしい、とゆーのが見えてくるのだが、それではオソイ!「モンキーのポーズでゴキゲン」「GO!GO!パパには内緒」「ミニがひらり」というあたり、わざとアナクロをねらったとも取れるんだけど、中途半端なのよね。はっきり言って、センスがダサい。で、かたや「スケボー」とか「公園通り」とか「サーフィン」なんてのが出てくる訳で、結局何なんだ、おまあー!
 で、曲調は一応オールディーズ風安直歌謡ロックンロールなんだけど、これは絶対に81年のナウイ唄ではない。こりゃー70年代後半ですよ。ただ「ハイハイハイ」のところの声が、ちょっとだけ中尾ミエの可愛いベイビーぽくてイイ。
 ところで、イントロのところに、いかにも日本人が無理して巻き舌を使うと外人のマネしてエエカッコのつもりで(しかし偏差値が低いのでそーゆー自分が他人の目にどう映っているかとゆーことが自分では全く見えてこない)ペラペラ英語で曲紹介やって盛り上げました、とゆー手合いの、それはもうポリエステルの開襟シャツの胸に下げた通信販売の星座入りペンダントの間から安物のオーデコロンがプーンと嗅ってきそうな気持ち悪いDJが入っていて、「ノゾミ、カモン、レッツダンス、シュラシュシュ、イエーッ」なんてやってるんだが、一体何なんだこれは!? しかもごてーねーにジャケにまで「DJ:FUNKY MIKE(sideA)などとクレジットされているのだが、なんだ、おまあー!

かなり厳しい見方を...当人に対する怒りというよりはプロデュースに対しての怒りということかもしれませんね。 それにしても「カタカナ」や「!」の多用に「ごてーねー」とか「こりゃー」とか「おまあー」とか「ゆー」の5連発に時代を感じます...
な なんと動画も!!

ということで 私にとっての80年代アイドル?「Caught You / Steel Pulse」をヴィニール・コレクションに追加しました。

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Caught You / Steel Pulse / 1980年  NHK朝の連続ドラマ「あまちゃん」の影響か 私もちょっぴり80年代回顧。 実のところこの時期は 音楽より「セルフ出版」などが発行する怪しげな雑誌に心を奪われていた時期です。 従ってアイドルにしても「あまちゃん」で紹介される正真正銘のアイドルさんより「ウィークエンド・スーパー」の歌謡曲レヴューに登場する石坂智子さん」や横須賀昌美さん」や「井上望さん」といった所謂B級アイドル(ごめんなさい)に関心が向きがちだったかもしれません。
 洋楽にしても 例えば 1980年はPink Floyd / The Wall, Billy Joel / Glass Houses, Queen / The Game, Christopher Cross / Christopher Crossなど 熟成度・完成度の高いAlbumが話題になり Rock愛好家にとっては充実した日々だったはずなのですが 我が家に残るPunk/New Wave系を除いたRock王道系統のVinyl盤を眺めると Peter Gabriel / 3rd, Steely Dan / Gaucho, AC/DC / Back In Black辺りが散在するのみという淋しい状態。 結局 新奇性を好むPops偏愛者は やはりNew WaveやReggaeにPrinceといった目先の新しさに心を奪われがちの時期だったようです。
 ということで 1980年に発表されたSteel Pulseの3rd Album。 この年の米国巡業敢行に伴い いつもの鋭角的で切れ込みも鋭いDrug SquadやHeart Of Stone(Bassが肝)に加え Reggae FeverやShiningにCaught You Dancingなど若干Popな甘味も加味されていますが 私は容認。(何だか偉そうなもの言い)
 この後 Steel Pulseは New York TaxiのBlack People(特にRastafarian)に対する乗車拒否に抗議したTaxi Driver(1993年)を発表したり 最近のShooting of Trayvon Martinに抗議してPut Your Hoodies Onを再発するなど ここまで米国に定着?するとは夢にも思っていませんでした。 British Reggaeだったのに...

シュラシュシュにかまけていて Steel Pulseの映像を忘れていました...

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