October 23, 2016

ディランのノーベル賞騒動に寄せて。 I Left My Heart In San Francisco( 邦題:霧のサンフランシスコ ) / Tony Bennett

Pops小僧として Tony Bennettの他 Andy WilliamsPerry Comoの歌を愛聴してきた私は Bob Dylanの歌を初めて聞いた時 こんな声でこんな節回しで歌ってもよいのかと吃驚仰天でした。
当時 Bob DylanはSongwriterという印象で 演奏自体は Folk時代にPeter, Paul and Mary Folk Rock時代にはByrdsTurtlesSonny & Cherなどで馴染んでおりました。
Peter, Paul and Maryによる主なDylan Cover。
Blowin' In the Wind
Don't Think Twice, It's All Right
The Times They Are A-Changin
When the Ship Comes In

そして 当人の演奏に反応したのは その新奇性に魅せられた1965年から1966年のLike A Rolling Stone, Can You Please Crawl Out Your Window?, One Of Us Must Know (Sooner or Later), Rainy Day Women #12 & 35)ということになります。
さらにオートバイ事故後のPsychedelicの憑き物が落ちたような1967年のJohn Wesley Hardingまでは 尊師として崇め奉ってまいりました。
John Lennon / Plastic Ono Band(1970年)の原型だったのかも。

そんな私が 尊師の洗脳・呪縛からやっと開放されたのは 世に言う衝撃作Nashville Skyline。
Johnny Cash御大に媚びるがごとく婀娜っぽいGirl from the North Countryや艶っぽいLay Lady Layの美声が印象的でしたが 如何せん 少し前のPopsの王道と申すべきCountry耳やRockabilly耳で尊師の歌を聞くと 貫禄負けというか押し出しに欠けているとの印象が拭い去れませんでした。
Johnny Cash御大とDylan尊師の対戦には 横綱白鵬関と栃ノ心(対戦成績 23勝無敗)や栃煌山(対戦成績 32勝2敗)の取り組みを思わせるほどの格の違いを感じてしまいました。
Dylan尊師は 百戦錬磨の海千山千 許栄中や伊藤寿永光のようなGrand Ole Opry勢に体よく取り込まれてしまった伊藤萬 住友銀行というところでしょうか。
ということで このAlbum以降はAbbey Road以降のBeatlesやLet It Bleed以降のRolling Stones同様 あくまで一般的Rock Artistsという捉え方をするようになりました。
この時点ではHarry NilssonやRandy Newmanのように素養の点でDylanを上回る方々に関心が向きがちでした。

従って 尊師改め大阿闍梨Dylan法主のノーベル文学賞受賞については 湯川れい子さんを始めとする皆さんのような特別の感慨はありません。
ただノーベル財団に対する放置プレイについては 極々一般的な社会人として いい年をして礼儀を知らない人だという印象を持ちました。
Johnny Cashはもちろん Pete Seegerもお亡くなりの今 Dylan法主を諌めることができるのはPops業界でTony Bennett氏とSmokey Robinson氏ぐらいか...
Aretha姐さんは一歳年下のようですね。
さらに 公式サイトから、「ノーベル文学賞受賞者」の表記削除とのことですが 今後 村上春樹さんが「終身『ディラン放置プレイ』ノーベル文学賞候補作家」と呼ばれかねないことを思うと ハルキストの皆さん 心中穏やかではいられないでしょうね。お気の毒。
反骨精神の象徴と見られた永井荷風は 1952年年金に目がくらみ?喜々として文化勲章を受賞。
年金のおかげもあり その後も浅草通いを。私は荷風散人の方が好きです。
また 千円札裁判で名高い赤瀬川原平(尾辻克彦)さんも 総理主催の「昭和五十五年度芸術文化に活躍された人びと との懇親のつどい」に出席。ディラン以上にArtist魂を感じます。
「乳房になった男」や「素晴らしいアメリカ野球」のフィリップ・ロスが受賞することを密かに応援していたのですが...

私の熱意の感じられないDylan Vinyl盤Collection。
そもそも この時代子供はラジオで Albumはお兄ちゃんお姉ちゃんの持ち物です。
と言うものの Gift Pack Seriesには 大好きな「窓から這い出せ(Can You Please Crawl Out Your Window?)」のHawks versionが入っていたのですよ!!
Gift Pack Series(1970年)
Bob Dylan's Greatest Hits Vol. II(1971年)
Before The Flood(1974年)
Desire(1976年)
At Budokan(1978年)

そして通り一遍のCD。
The Times They Are a-Changin'がありませんね。表題曲が気に入らないということでしょうか?
The Freewheelin'
Another Side Of Bob Dylan
Bringing It All Back Home
Highway 61 Revisited
Blonde On Blonde
John Wesley Harding

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November 23, 2014

Libertango / Grace Jones

Astor Piazzolla師の代表曲。

Piazzolla師は高邁なる精神を有すClassicJazz愛好家の間でも高い評価を受けているようですが 愚昧なるReggae・Pops愛好家の私までをも魅了する 先ごろお亡くなりの高倉健さんを思わせる懐の深い偉人ということに。
高倉健さんは東郷健さん新宿2丁目の皆さんまでをも虜になさっていらっしゃったようですね。謹んで哀悼の意を評します。
Piazzolla師は類まれな才能と感性により たった一人でArgentine Tangoの革新を成し遂げてしまったため なかなか跡目を引き継ぐ存在が目立たないきらいがあります。
そういえば 健さんも孤高の存在で 無名塾さんやマイトガイさんや鬼平さんやラ・マンチャさんでは畑違いですし 軽トラ野郎や白戸家のお父さんや越後製菓やくちなしの花や黄門様や若大将では小粒という感じが否めません。カジキマグロやシンボル・ロックはもってのほかですし 喪失感は簡単には拭いきれません。
また中国国営テレビが高倉さんの追悼特集を組んだそうですが 要は寡黙で低音で訥弁の大人の「健さん」と饒舌で高音で能弁の子供な「安倍ちゃん」を対比させ 「安倍ちゃん」の幼稚さと小粒感を強調したかったということでしょうね。やはり広報宣伝活動は中国の方が一枚も二枚も上手かと。

それはさておき 私が貧弱なJazz耳で親しんだTangoとなると Gato BarbieriのLast Tango In Parisということに。
そして そこから派生した形になりますが R&B耳でLast Tango In Memphisなどというのも愛聴。

Gato BarbieriさんはJCOA関連のAlbumで大活躍でしたが Kenny Gさんと異なり 耳障りな音色でこぶしを効かせて延々と一本調子で吹きまくるため 悪食の私でさえ少々辟易気味に。
なお 1968年のBarbarellaは まだ子供だったので鑑賞は叶わず 東急文化会館の映画看板と予告編のみの鑑賞でしたが 1972年のこちらは堂々と鑑賞。

ということで「Astor Piazzolla / Quinteto "Nuevo Tango" 」をこんなCD聞いています定番のCDですに追加しました。

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377.Astor Piazzolla / Quinteto "Nuevo Tango" (1998年 / ESCA 7400)
タンゴで思い浮かぶ楽曲は 黒ネコのタンゴにだんご3兄弟。あとは松坂慶子さんの夜明けのタンゴぐらいか。
TangoというとFlamenco同様 舞踊と切り離しては考えにくく Tango Argentinoの方が馴染み深いです。
1962年から63年とQuinteto初期の作品集。中村とうよう翁の批判的論調をきっかけにして 私はPiazzolla師に興味を持ちました。

大団円での見得を切る所作が実に格好良いですね。

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September 13, 2014

Banana Splits / Dickies

Kick Assのこの場面でお馴染み。

猫はバナナの皮をむく / リリアン・J・ブラウン
(P75)
 その晩、クィラランは自分をだましてバナナを食べさせようとした。アイスクリームコーンのようにバナナをつかみ、一度に少しずつ皮をむいていたときの少年時代の喜びを甦らせた。バナナスプリットに対する少年時代のあこがれを思い出した――母親が高価すぎるといったので、とうとう食べられなかったのだ。
(P81)
帰りは<おばあちゃんのお菓子屋>に立ち寄った。最近、バナナスプリットのことを思い出したら、ランチに食べたくてたまらなくなったのだ。今日の分のバナナがとれるんだから、といいわけした。
(P149)
「ちょっと歩いて<おばあちゃんのお菓子屋>まで行く時間はありますか? バナナスプリットで有名なんです」クィラランは誘った。
 キャシーはバナナスプリットを注文し、年上の二人はサンデーにした。


ということで「猫はバナナの皮をむく / リリアン・J・ブラウン」を海外推理小説に追加しました。

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猫はバナナの皮をむく / リリアン・J・ブラウン
(早川書房 2006)
主人公:ジム・クィララン(もと新聞記者)

季節は冬が近づき そろそろ 一人と二匹は納屋からインディアン・ヴィレッジのコンドミニアムに移る時期。 親愛なるポリーは書店開店の準備で大わらわ。 ココはバナナの皮にご執心。 主な催しは ピカックス演劇クラブの『真面目が肝心』上演に書店の開店式典など。 ピカックス150年祭はどうもヒクシー嬢の計算間違いらしく来年とのこと。 今回も犯人と被害者は登場時点でほぼ判明。 ただ事件の起こる過程がいつもとは少し異なっているようです。

今回 材木で出来たお屋敷が登場するのですが Winchester Mystery HousePostman Cheval's Ideal Palaceを連想してしまいました。
(P133)
 あの怪物のような建物について本を書くことをどうして承知してしまったのだろう? 外見が醜悪であるばかりか、内部も写真撮影がむずかしいのだ!

日本にも「沢田マンション」というのがありましたね。

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August 30, 2014

爆弾三勇士(江下武二・北川丞・作江伊之助)

「集団的自衛権行使」閣議決定に伴い 自衛隊の武力行使が実現すれば 新たな平成の三勇士の創出も。

いずれにせよ 他にもお笑い三人組やトリオ漫才などなど 日本人には三人組に格別の思い入れがあるのかもしれません。

「マツコ&有吉の怒り新党」の「新・3大○○調査会」ではありませんが 昔から日本人は見立番付といったRankingやChartが好きで 徳川御三家(尾張・紀伊・水戸)に端を発するのではとも思われるいわゆるThe Big 3ものは 日本三景(松島・天橋立・宮島)や三大祭り(祇園祭・天神祭・神田祭)や幕末三舟(山岡鉄舟・高橋泥舟・勝海舟)や三之助(新之助・菊之助・辰之助)などなど数多存在いたします。
私としては 本来は双璧をなす二強に 無理やり日本を押し込んだ我田引水型の世界三大夜景や世界三大美酒や世界三大美女が好みです。
また 恐らく宣伝用の謳い文句に困り 無理やり捻出したような音楽業界のフレッシュ三人娘や少年御三家や世界三大エレキバンドや世界三大ロンドンパンクバンドもかなり気に入っています。
初代三人娘(黒柳徹子、横山道代、里見京子 又は水谷良重)やロック御三家(Char、原田真二、世良公則&ツイスト)と称するものは今回初めて知りました。
私は新三人娘では南沙織神推しで 花の中三トリオでは山口百恵神推しでした。
勇気を振り絞り生まれて初めて「推し」を使ってみましたが 用法には今ひとつ自信がありません。「ネ申」はどうしても使えませんでした。
また「三大〇〇」を探しているうちに「3大ゲス野郎(有吉弘行・西村賢太・蛭子能収)」という記述に遭遇しました。
とても気に入っています。

なお「三羽烏」というのは死語になりつつあるようで 少し残念です。

「英国三大ブルースバンド」として その筋では勇名を馳せているらしい「Doin' Fine An Anthology / Savoy Brown」をこんなCD聞いていますちょっと照れてしまうCDですに追加しました。

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Doin' Fine An Anthology / Savoy Brown(820 567-2)

日本では人気・知名度ともに今ひとつで 同様のFleetwood MacとChicken Shackと併記される形で 日本三景ならぬ新三景 または出羽三山ならぬ奥多摩三山のような位置付けで「英国三大ブルースバンド」などと称されておりました。

それにしてもPeter GreenStan WebbKim Simmondsも現役なのですね。
少し感動しました。

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August 08, 2014

Wildwood Flower / Carter Family

音楽一家ですね。Johnny Cash御大もJune Carterとの結婚で一翼を担う形と。

またSound Of Musicで名高いTrapp Family Singersも音楽一家ということに。

他にも 有名どころで バッハ家やシュトラウス家や釜萢・森山一族(何故か家ではなく族扱い)。

さらに渋いところで 東儀家やニューマン家(Randy Newman他)にカウシル家などなど。
兄弟ものなら OsmondsにJackson5にフィンガー5。
純血種ではありませんが Beach Boysなども。
Partridge FamilyやRamonsは偽装か...
二人に限れば Frank & Nancy Sinatra, Every Brothers, Kinks, CCR, Alman Brothers Band, Sparks. Don & Neneh Cherry, Oasis(Noel & Liam Gallagher), 聖子 & 沙也加など敢えて言及するまでもないような気もします。

そして Ravi Shankar一族も名高いですね。
非嫡出子のNorah Jonesを筆頭に Anoushka Shankarに加え 義姉Lakshmi Shankarから連なるL. Subramaniam, L. Shankarと華麗なる人脈に目も眩むばかりということに。

ということで 「Lakshmi Shankar / Les Heures et Les Saisons」をこんなCD聞いています定番のCDですに追加しました。

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376.Lakshmi Shankar / Les Heures et Les Saisons (1985年 / C 558615)
いわゆるRavi Shankar Familyで ご主人がRavi師(1920年生)のお兄さん(Rajendraさん 生年不詳)ということなので Ravi師の義理のお姉さん(ただし1926年生)になるようです。 元々は古典舞踊家ということで「その艷やかで躍動感のある歌唱にも納得」などと 門外漢なりにわかった風のことを記しておきます。

今思えば CD勃興期のこの時期 私はCDの存在意義を長尺録音に見出していたようで 主にClassicの他 Indian Classical Musicなどを主に購入していたようです。

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June 22, 2014

C'est La Vi / Khaled

1980年代 一世を風靡したKutcheでお馴染みのCheb Khaledさん。
当時は28歳の彼も今や54歳ですが Wake Me Up / Aviciiの先駆けのような楽曲と 今も最前線で活躍中。

Umit Tokcanさんも70歳近くなり 今は貫禄十分。

Youssou N'Dourもご活躍のようですが 私はOb La Di Ob La DaのCoverを聞いた時点で関心を失いました。

Ramnad Krishnanさんはもちろん Antonio MairenaさんNusrat Fateh Ali Khanさんは 20世紀にお亡くなり。
などなど 1980年代に遭遇したWorld Music界の歌い手さんをちょっぴり回顧してみました。

もっとも まだまだこれからの活躍を期待されていたGregory Isaacsが 2010年に59歳の若さでお亡くなりになったのには正直驚かされました。
大麻は煙草より害は少ないと見る向きもあるようですが Dennis Brownさんやジョー山中さんやJustin Hindsさん同様 呼吸器系のご病気とのこと...


ということで「More Gregory / Gregory Isaacs」をヴィニール・コレクションに追加しました。

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More Gregory / Gregory Isaacs
 1980年代に入ってからは 私の場合 Pops耳で聞いていたPrinceを除けば Rick JamesBobby WomackぐらいしかいわゆるSoul/R&BのVocalistは聞いていませんでした。 何故か 当時巷間を賑わせていたLionel Richie, Jeffrey Osborne, Freddie Jackson辺りから Bobby Brownに至る「ブラコン」にはあまり食指が動かなかったようです。
 私にかぎらず この時期 いまひとつおしゃれで耳当たりの良い「ブラコン」の潮流に乗りきれなかったSoul/R&B難民は 東南アジアやインド・パキスタンを経て 中南米や中近東からアフリカまでを徘徊。 そんな中 私の場合はReggaeに一筋の光明を見出したということに。 今思えば いわゆるWorld Musicに関心が集まったのは「ブラコン」の流行に対する反作用だったのかもしれません。 セネガルのYoussou N'Dour, パキスタンのNusrat Fateh Ali Khan,トルコのUmit Takcan, アルジェリアのCheb Khaled, インドのRamnad Krishnan, スペインのAntonio Mairenaといった卓越したVocalistに出会えたのも 「ブラコン」の皆さんのおかげということかも。
 ただGregory Isaacsの場合はBob Marleyはもちろん Dennis BrownやFreddie McGregorともやや異なり 私の中ではBilly Eckstine, Nat King Cole,Johnny HartmanといったAfrican AmericanのCroonerを思わせる流麗な節回しと丹精込めた丁寧な歌唱に惹かれた形。 このAlbumでも十八番の哀愁漂うConfirm ReservationやHush DarlingにIf I Don't Have You辺りにはその手に乗るかと思いつつもついつい嵌ってしまいます。

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June 16, 2014

One Less Bell To Answer / Fifth Dimension

Marilyn McCoo姫は 私が子供の頃 一番憧れたAfrican AmericanのFemale Singer。

Diana Ross姐とShirley Bassey姐もなかなか素敵でしたが 歌声を含めMarilyn姫には及びませんでした。

そんな子供ながら卓越した審美眼を自負していたはずの私が いつの間にかPatti LaBelle, Grace Jones, Millie Jacksonのような猛女・烈女を好むようになってしまうとは 当時夢にも思っていませんでした。
またひと頃 三大歌姫として Whitney Houston, Celine Dion, Mariah Careyが持て囃されていた際にも 私にとっての三大歌姫は 古式ゆかしきEdith Piaf,Ella Fitzgerald, Amalia Rodriguesのお三方でした。

Padam Padam / Edith Piaf

How High Is The Moon / Ella Fitzgerald

Naufragio - Amalia Rodrigues

さらに今では 曽野綾子さんや櫻井よしこさんや木村優子さんや華春瑩報道官や李春姫アナウンサーに厳しく叱責されることを夢見るなど 私の審美眼は何やら誤った方向に突き進んでしまっているようです。
このままでは 谷崎潤一郎翁や上原謙翁や加藤茶翁のように自虐的な変態嗜好を持つ老人になってしまいそうで少し心配です。

ということで 思い出したかのように「Millie Jackson / Golden Classics Of The 70's」をこんなCD聞いています定番のCDですに追加しました。

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375.Millie Jackson / Golden Classics Of The 70's (1991年 / COL-5178)
Rock Fanなど白人市場までをも視野に入れたTina Turnerの開明性や先見性はありませんが そこが逆に日本の純真無垢なSoul Fanには好印象を与えたようです。
1974年のCaught Upは 私のような門外漢まで飛びつくほど評判に。個々のAlbumを揃えるまでには至りませんが Best盤には飛びついてしまった次第。Medium Tempoが特に気に入っています。

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May 20, 2014

Holiday In Cambodia / Jello Biafra & Guantanamo School Of Medicine

不埒な名前で名高いDead KennedysのVocalistです。
55歳ということで 体型も崩れ演奏にかなり押され気味ですが 今なお現役で頑張っています。
それにしても"Guantanamo School Of Medicine"というBand名もすごいですね。
さしずめ「グアンタナモ湾収容キャンプ付属医学校」ということでしょうか。
自白剤や拷問などの人体実験をしていそうで 何やらマルタで悪名高い731部隊を連想してしまいます。

Boko Haram(西洋の教育は罪)によるNigeriaの女子生徒拉致事件から Igbo族やらBiafraの飢餓を思い出してしまった次第。
今般の事件は イスラム過激派的にはSeven Brides for Seven Brothersのような感覚なのでしょうか...
「奴隷にして売り飛ばす」などの声明は 何とも理解し難いものがあります。

Holiday In Cambodiaから さらにやはり風刺の効いたAmerican Jesus / Bad Religionを連想してしまいました。

ということで 久々にBad Religion / SufferをこんなCD聞いています定番のCDですに追加しました。

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374.Bad Religion / Suffer (1988年 / E-86404)
なんでもその筋では「メロコア (Melodic Hardcore)」と称するそうな。私の中では Dead Boys, Dead Kennedysからの流れということに。
若年層に支持されるBandが その後もOffspring, Green Day,SUM41と必ずあったのですが 昨今は白人層においても Eminem以降はDaft PunkやAviciiなどRock Band以外に関心が集まっているようですね。

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February 08, 2014

For Me And My Gal / Judy Garland & Gene Kelly

For Me and My Galは1942年の作品。
日本で東條内閣による食糧管理法が制定された年に 米国ではこんな映画が制作されていたのですね。
日本人の「米国に完膚なきまで打ちのめされたが 中国やソ連や朝鮮に負けたという実感は無い」という感覚の根源が この辺りに潜んでいるような気がします。
ただ そんな豊かな夢の国であった米国の印象もベトナム戦争以降はいささか様相を異に。
華やかなハリウッドの幻想を打ち破る形となった「ハリウッド・バビロン / ケネス・アンガー(1975年)」もそんな状況下で登場したのかもしれません。

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「ハリウッド・バビロン / ケネス・アンガー(1989年 リブロポート刊)」
(P394)
ハリウッドの黄昏
 ロンドンではジュディ・ガーランドが、浴室に鍵をかけ手首を切って自殺した。それまでにも、ハリウッドの自宅の浴室で睡眠薬を飲んだり、ガラスの破片で手首を切ったり、幾度となく未遂事件を起こしてきた、MGMのアンフェタミン・アニーは、ここでめでたく念願達成となった。ドロシーは便器にまたがり、"虹の彼方"ではなく、あの世へと旅立っていった。着飾って、瞑想にふけっているようにうつむいているその顔は鮮血で染まり、アステカの仮面を思わせた。これほどまでに老けこんだスターがいただろうか? 年齢が精神的な尺度で数えられるなら、ジュディはまさに、並の人間の十倍も年を取った何百歳もの老婆ということになる。彼女は"彼女"らしく生きた。ただ、刺激の業火に踏み込み過ぎただけだ。

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事実誤認に加え 死者に対する尊厳の欠片もない 実に悪意に満ち満ちた文章です。
読後の後味の悪さは特筆に値します。
ただ激しく劣化したJudyの姿に衝撃を受けたことは否定できません。

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ということで「Judy Garland / Over The Rainbow」をこんなCD聞いています定番のCDですに追加しました。

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372.Judy Garland / Over The Rainbow (2001年 / GSS 5317)
私世代の捉え方とすれば 「オズの魔法使い」というより「Cabaret」のLiza Minnelliのお母さんという認識です。
正直 Showbiz/Musical系正統派の歌唱は 宝塚歌劇を例に出すまでもなく少々不得手ですが 私の洋楽体験の原点であることは否めません。
Over The Rainbow, Swanee, Chicago辺りからThe Man That Got Awayまで Popular Musicの基礎知識として必要不可欠というところ。

藤圭子さんの訃報に接した時 私は思わずJudy Garlandと重ねあわせてしまいました。
そして 藤圭子さんのお嬢さんに この絶望的な状況を乗り越える能力があるのかが 老婆心ながらとても心配になりました...
Destiny's Child以降 Norah Jones, Christina Aguilera, M. I. A., Santogold, Amy Winehouse, Lady Gaga, Nicki Minaj, Katy Perry, Adelle, Lordeと次々と歌姫が台頭する中 いまだにBjorkやTLCやLauryn Hillの時代から抜け出せぬ宇多田ヒカルさんの行く末がとても気掛かりです。
本源的な音楽的基礎体力がBeyonceやChristina Aguileraには遠く及びません。
今までの洋楽と比べて遜色ないという立ち位置が根底から覆されてしまったことを従容受忍してみせることが取り敢えず肝要かと思われます。

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December 22, 2013

天海祐希(28)涙のサヨナラ公演(出待ち)

1995年の宝塚退団の出待ち風景ですが さすがに賑やか。
順風満帆なようですが 鳴り物入り映画初主演の「クリスマス黙示録」の豪快な興行不振や「おのれナポレオン」の途中降板など挫折もあり 継続的に動向を注視している女優さんです。
やはり最前列のファンの皆さんはしゃがんでいらっしゃいますね。
宝塚のファンクラブの皆さんのしきたりは 昔から我々男子には到底理解し難く 近寄りがたいものがありました。
子供心にも 近寄るのは危険だと本能的に悟った覚えがあります。

そして子供の頃 もう一つ私が怯んだのがウィーン少年合唱団のファンの子達。
こちらもかなり熱狂的で 少しでも腐すような発言をすれば猛反発を受けたものです。

ところが ナンシー関さんの「信仰の現場」によると

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熱狂! ウィーン少年合唱団(P76)

とにかく目立つのはおばさんだ。40代50代のおばさん。

平成4年5月8日の公演をご覧になったとのことなので 1932年から1952年生まれの皆さんですね。
ということは 初来日が1955年 映画鑑賞会で見させられた「いつか来た道」が1959年ということなので 私を怯えさせた当時からの筋金入りのファンが多いということではないでしょうか。
吃驚仰天です。
因みにこの映画「いつか来た道」で一躍有名になられたViolinist和波孝禧さんの当時を振り返った文章が心にしみます。

更に驚いたのが次の件。

文通は「友情の証」
それは、目をつけた団員の男のコと文通することなのだ。こりゃ驚きだ。来日した時にパル(ペン・パルのパル。文通相手の団員のことを指すファン用語)を見つけ、その文通はパルが変声期によって退団しても続けられることが多いそうだ。そのうち、そのパルの家(ウィーン)に泊めてもらったりという、家族ぐるみのつきあいに発展する。この女性も毎年クリスマスはウィーンでミサを見ることになっているそうだ。この文通は、日本だけに発達してしまったコミュニケーション法らしい。今公演のパンフレットのウィーン少理事長あいさつの中にも「少年たちはいつもこの日本公演をとても楽しみにしています。(中略)その後何年にもわたってつづくファンの人たちとの文通はこの友情の証のひとつと言えるでしょう。――」というくだりがあり、完全にウィーン少側も認める日本独自の文化なのである。しかし、文通とは。予想だにしない展開である。

今だとE-MailとかLINEで繋がってしまっているのでしょうか...
我々の想像の範囲を超えた世界です。

いずれにせよ この頃の体験から Beatles来日公演にしても タイガースやオックスなどGSブームのACBやモンキーズの来日なども ファンの皆さんの情熱に敬意を払い 遠くから恐る恐る覗く形に。
ジャニーズファミクラにしろ 吹奏楽コンクールにしろ アイドル親衛隊にしろ 広島LINE殺人にしろ 少年少女が集う場では 閉鎖的であればあるほど 女子挺身隊のように独特のしきたりが形成される事が多いようです。
ということで一世を風靡したBoys Group「All The Number Ones / New Edition」をこんなCD聞いていますちょっと照れてしまうCDですに追加しました。

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All The Number Ones / New Edition (MVCE-24238)
当初Jackson5の焼き直しではとの印象を持ち ほとんど黙殺。 後にBobby BrownやJohnny Gillなどの台頭の中で渋々再認識した形。己の不明を恥じ入るべきなのですが 素直にこの面々を認めたくないとの思いが今も少し。

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