さようなら世界夫人よ / 頭脳警察
「さようなら世界夫人よ / 頭脳警察」では
世界は がらくたの中に横たわり
かつては とても愛していたのに
今僕にとって 死神はもはや
それほど 恐ろしくはないさ
と律儀に「愛していたのに」と歌い「い抜き言葉」を使っていません。
ところが浜口庫之助大先生の「空に太陽があるかぎり」では
愛してる(愛してる) とっても(とっても)
愛してる(愛してる) 本当に(本当に)
愛してる(愛してる) いつまでも
空に太陽があるかぎり
と 当然のように「愛してる」と「い抜き言葉」です。
また「12月の雨の日 / はっぴいえんど」の歌詞をみると「流れる人波を僕は見ている」となっていますが 「見てるぅ」と歌っていらっしゃるようです。
などと 歌の世界では「い抜き言葉」は かなり自由な扱い。
一方 小説の世界でも「聞いてないとは言わせない」というタイトル自体が「い抜き言葉」の小説を読みました。
さらに その登場人物の会話部分には(P8,9)
ミセス・ハリガンの場合
「おとなしくしてなさい」「揃ってる」「求めてるの」
「困っていたのよ」「食べていく」
トビーくんの場合
「困ってる」
「間違っている」「見ていれば」「言っていた」「思っている」
と実に微妙な使い分けが...
ということで「聞いてないとは言わせない / ジェイムズ・リーズナー」を海外推理小説に追加しました。
聞いてないとは言わせない / ジェイムズ・リーズナー
(早川書房 2008)
主人公:トビー・マッコイ(青年)
帯には「150分間一気読み! 大地と砂塵を血に染めて突っ走るノンストップ・ハイパー・ノワール」とのことで 私も一気呵成に読了する はずでしたが... いきなり「ダチョウ倶楽部」のようなタイトル「聞いて(い)ない」の「い抜き言葉」に引っ掛かってしまいました 。 まあ物語の進行速度を考えれば「い抜き言葉」は当然とも思われるのですが 会話のところどころに「間違っている」とか「見ていれ ば」など「い」が入るのが 逆に気になってしまいました。
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Comments
>訂正
「さようなら世界婦人よ」となっていたのを こっそり「さようなら世界夫人よ」に直しておきました。
Posted by: 追記:E+Op. | June 01, 2009 at 07:58 PM
>い抜き言葉
もちろん 私も話し言葉としての「い抜き言葉」に違和感はないかも。
私は「はっぴいえんど」の立ち位置と同じような気がします。
>半疑問系
「半疑問系」を家族が使っていれば難詰するかもしれませんが たまにしか会わない親戚の「半疑問系」は多分注意しないでしょう。
世代・地域・家庭環境などの「話し言葉」の差異は看過してしまいそうです。
親戚の子供の「箸の持ち方」なら注意しそうですが...
どうやら「語尾延ばし」ほど厭ではないようです。(案外 全共闘嫌いとか)
私もここまで断定的な物言いを避けてみました。
つらつらと思い返すと 私が初めて「半疑問系」に接したのは
何かのセミナーで洋行帰りの女性講師が専門用語やカタカナ語を使う際 「この言葉は伝わっているかしらん」という感じで 語尾に「疑問符」を付けて 聞き手の反応を窺うという用法。
なかなか格好よいので使ってみようと思いましたが 普段難しい言葉を使うこともないので結局そのままに。
その形だけが「半疑問系」となって一般に広まったのだと思っていました。
Posted by: E+Op. | May 17, 2009 at 08:51 AM
ははあ・・・”い抜き言葉”というものがあるという問題自体に、今、初めて気が付きました。
そういわれてみてもあんまり気にならない私、きっといろいろなところで”い”を抜きまくっていると思われます。
そんなルーズな私がどうしても許せないのが、あの”半疑問系”とか言うもの。「私は火にこだわりますね。火が料理を作るぅ?火が味を引き立てるぅ?ここですね」とか、あの喋り方が気持ち悪くてなりません。アレさえ何とかしてくれるなら、”い”でも”ら”でも、いくらでも抜いてもらってかまいません。
Posted by: マリーナ号 | May 17, 2009 at 04:59 AM